花鳥風月の花鳥は地上に生ける動植物を、風月は雨、風、雲、月など見上げる大空の移ろいを表わしている。

かつてわれらの祖先は、音も色も乏しい淡泊な世界に生きていた。

身の回りは宮廷の朱色とは無縁のくすんだ住家、夜になれば灯明の薄明りのなかで、人声のほか聞こえるものは、雨、風の奏でる音ばかり。雨がやんで外へ出てみれば月明かりに雲が流れ、虫の声が快い。

四季を肌で感じながら過ごせる自然風土は、世界にそう多くはない。

われわれの先人はそのなかで、ひたすら花鳥風月に思いをはせ、歌を詠んだ。

その風についてである。

風は聞くばかりではない。目にも見え、肌で感じるものである。

春になると「風光る」という。長い冬を経たあとに感じる春の風は光って目にまぶしい。

光風という表現もあるが、光るといったほうが、より目に訴える。

立春を過ぎて最初に吹く強い南風を春一番と呼ぶ。多少風が強くて、春疾風(はるはやて)、春嵐(はるあらし)などというものの、そこには春を待ちわびた気分が漂っている。

木の芽を吹出させる春の風を木の芽風といい、花の開花を知らせる風には「花信風」という粋な名前がついている。

寒気団が西へ去ったあと、東から吹き入る春風は

「東風吹かば匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」

に詠まれたごとく、王朝の昔から朝東風(あさごち)、梅東風(うめごち)、桜東風(さくらごち)、雲雀東風(ひばりごち)など、日本人に親しまれてきた。

彼岸のころ、低気圧が日本海を通過したあとに冬の季節風が思い出したように吹くことがある。寒さの残る西風で、彼岸西風(ひがんにし),涅槃西風(ねはんにし)などと呼ばれる。

春風は肌に優しい和風であり、万物に潤いを与える恵風である。

ただし花の頃になると、花びらがひらひら舞う爽やかな桜風が好まれ、桜花を散らす風は花嵐あるいは夜半の嵐と呼んで厭まれた。

立夏は若葉の間をそよぐ風とともにやってくる。目には緑風、若葉の香りに「風薫る」とその薫りを詠んだ。薫風というより、さらにいい薫りが伝わってくる。

またこの時期、南からの和らいだそよ風は凱風(がいふう)とも呼ばれ、日本海沿岸で沖から吹くそよ風は「あいの風」とも「あゆの風」とも呼ばれ、好まれた。

これに対し、青葉のなかを吹きわたる南風は青嵐(あおあらし)と呼ばれ、充実感のある山の気を感じさせる。

主に西日本では梅雨から盛夏にかけて吹く南風を「はえ」といい、海が荒れやすく、時化る(しける)といわれる。

梅雨の初め、空はどんより暗く、南からの強い風を黒南風(くろはえ)と呼んだ。梅雨が明け空が巻雲や巻層雲で薄く彩られるようになると、白南風(しらはえ)と呼んで空の明るさを愛でた。

またこの時期、太平洋側が高気圧となり日本海に低気圧があると、東北地方では、東寄りの冷たい風が奥羽山脈の屋根(山の背)を越えて吹くことがあり、地元ではこれを山背(やませ)と呼んだ。

また夏も終わりに近づくと、南高北低の気圧配置が崩れて爽やかな涼風を感じるようになり、「風涼し」と詠んで秋の近づく気配を感じた。

秋めくようになると、強い日差しが去り、山も空も鮮やかさを失い、全体にくすんだ色調となる。「色なき風」とはまさにそのような風景を流れる風である。

また、雁が渡って行く初秋のころに吹く北風を雁渡(かりわたし)、盂蘭盆の頃に吹く東風を盆東風(ぼんごち)と呼ぶが、いずれも仕事が天候に左右される漁師の間で呼ばれてきた言葉である。また秋晴の空に吹き始める北風を、空の青さから青北風(あおぎた)と呼んだ。

さらには、葛の葉裏の白さに秋を感じたところから、「葛の裏風」という風流な表現も新古今集にみえる。

台風の時期になると、草木を吹き分ける強風というところから、野分(のわき)と呼び習わすことになった。

冬めくにつれ、風は冷たく、重くなる。初冬に吹く木の葉を吹き枯らす風を凩(こがらし)と呼び、冬風の代名詞となっている。

日本海側から吹く風は、眠りに入った山々の峰を越え、吹き降りてくる。

人々はそれを「おろし」と呼んだ。おろしは全国各地にあって、赤城おろし、六甲おろし、筑波おろしなど枚挙にいとまがない。

また東日本の太平洋側に低気圧が近づくと強い北東風が吹くようになり、「ならい」と呼んで、海が荒れる前兆とされた。

ただ他の海沿い地方でも強い風をならいと呼んだため、風向きは地方によって一定でない。

さらに西日本ではこの季節風を「あなじ」「あなせ」と呼び、いずれにしても漁師には疎まれた存在である。

冬の北風は朔風(さくふう)ともいい、荒々しく、突然吹き込む疾風(はやて)や陣風、空を舞う舞い風、渦を巻く旋風(つむじ風)。乾燥した空っ風、雨・雪を交えて吹く風巻(しまき)など多彩である。

そのほか、興味深い風として、時つ風(ほどよいころに吹く風)、松籟(しょうらい)(松の梢を吹く風)、天つ風(あまつかぜ)(大空を吹く風)、仇の風(逆風)、色風(なまめかしい風)などのほか、あたかも風が吹いて変化が起こるような表現に、様々な風が登場する。

すなわち、追い風、すきま風、風通しをよくする。風当たりが強い、風向きが変わる、風穴を開ける、風の便り、肩で風を切って歩く、どういう風の吹き回しかともいい、さらには、風雲急を告げる、風上にも置けない、風前の灯など、風はわれわれの人生と共にあることがわかる。

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