ニューヨーク紀行

ニューヨークに着いた日、2001年、9.11事件のあったグラウンドゼロを訪れた。

今、その跡地には慰霊碑「911メモリアル」が建てられ、被害者3000人の名前が刻まれている。よく見ると数か所、名前の傍に一凛のバラが添えられている。その人の誕生日にあわせ、ボランティア団体が一日も欠かさず、哀悼の意を表しているのだという。20年経った今、なかなか出来ることではない。いきなりアメリカの良き一面を見せられた思いだ。

かつてこのビルには、モルガン・スタンレーやソロモン・ブラザーズなど世界の銀行・証券会社の多くが入居し、勤務者5万人、一日の来館者20万人という巨大ビルであった。被害者が比較的少なく済んだのは、事件の発生が、朝まだ早かったことによる。

改めてあの日の映像を見直してみると、100階ものビル崩壊による砂塵の飛散は、息をのむ凄まじさである。さらに生き残ったとはいえ、20年を経た今なお、2次災害(アスベスト吸引による肺癌や肺線維症)に悩む人々は相当数にのぼるという。

ところが、これに対する国の医療費援助は救助に当たった消防士などに限られ、被害にあった市民の多くは、高額な医療費負担に苦しんでいるという。

というのも、この国には我が国のような保険制度がなく、オアバマケアーで優遇されているのは高齢者、身体障害者のほか低所得層のみで、中流階級の市民にはまったくケアーがない状況だという。

ちなみに卑近な例をあげると、帝王切開で出産すると500万円、盲腸(虫垂炎)の手術で350万円、指の怪我にバンドエイドを貼ってもらうだけで6万円と、べらぼうな請求額がまかり通っている。

多くのサラリーマンにとって気軽に医者にはかかれない、この国の陰の一面といえよう。

ロックフェラーセンター

翌日、マンハッタンの中心に位置するロックフェラーセンターを訪れた。

19もの巨大ビル群からなる商業施設で、全米を代表するテレビ局・ラジオ局などマスコミ関係が、こぞって入居している。

平日のため、ビルの谷間をぬって慌ただしく行き来する背広姿が目に付く。大半が白人である。たまにはアジア、ヒスパニック、アフリカンの姿も見られるが、彼らは白人と対等に渡り合うためか、一様に胸を張って背伸びしているように見える。

よく見ると、ビルのトイレ清掃や道路工事など底辺の仕事をやっているのは、黒人やヒスパニックのひとびとが大勢を占めている。かつてはアメリカの市民権をもつプエルトリコ人が大挙、ニューヨークへ流入したというが、最近はヒスパニックなかでも特にメキシコの不法居住者が目立っているという。

今や、彼らが黒人と共にニューヨーク社会の最下層を支えているのだそうだ。

興味深いはなしだが、ヒスパニックは不法入国しても警察から黙視されることが多いため、高い税金を納付せずに済み、さらに生まれた子供たちはアメリカ国籍をもらえるため、学費無料で母国よりいい教育が受けられるという。

メキシコとの壁建設を進めるトランプ氏が非人道的と非難されながらも、一方で強い支持を得ている根拠を見せられた思いがした。

ニューヨークに住む小学生の母親から聞いたはなしだが、この街では授業料ばかりか教材費も要らないのだそうだ。教師が生徒たちに、君たちの家から500本の鉛筆とノートを持ってこられないかと打診する。するとたちどころに1年分の鉛筆とノートが集まり、これを小出ししながら、みんなで共有するというのだ。

人種差別社会

ただ学年が上がるにつけ、互いに肌の色を意識するようになる。白人の多いクラスに黒人やヒスパニックは入っていきにくい。仲間外れにされるからだ。自然、同じ色の肌をした者達のクラスが出来上がるのだという。

これは大人社会でも同様である。彼らは職場においては、肌の色、国籍を問わず能力あるものにはそれ相応の態度をとる。上司であろうとファーストネームで対等に呼び合う。それは、まるで開かれた社会のごとく見える。

ところが、いったん職場を離れると、各々どこに住んでいるか、隣人はどういう人達かが問われ、互いに同じ階級の人間と認め合った同士で、コミューニティを形成している。したがって、階層の異なる人たちがレストランで一緒に食事をすることはほとんどないという。

かつて、ある著名な夫人がステータスの高い高級アパートへ入居しようとしたら、直前になって理事会で拒否されたことがあった。彼女の恋人が有名な黒人エンターテナーであるという理由であった。ここは黒人の立ち入る場所ではないというのである。

古来、肌の色は白いほど憧れの対象となり、黒いほど蔑視の対象になってきた。悲しいかな、中間色のものは、白人を崇拝し黒人を見くびることで我が身を守ってきた。黒人の中ですら、僅かな地位を得たものが下のものを軽んじて憚らない。

ひとは常に侮る相手がいないと安心できない存在なのだろう。

以上のような事情で、アメリカでは仕事仲間がそのまま飲み仲間にはなりにくいという。とはいえ同じ仕事や趣味のなかで過ごしていると、相手の生活観や宗教観に感銘し、階級を問わず尊敬、友情、愛情が生まれることも珍しいことではないらしい。

現実には、人種差別に苦悶しながら生きている人が予想以上に多いことを、改めて思い知らされたことであった。

ロックフェラーセンターから5番街にそって散策した。人気スポットだけに、数千人の人が行き来している。

ふと、あることに気づいた。

子供は学校に行っている時間だからいないのは分かるが、歩いているのはほとんど40以下とおもわれる若者ばかりである。そのためか歩くのが随分速い。また、日本だと携帯片手に歩いているものが多いが、ここでは、携帯組の姿はまばらである。せっかちな国民性の違いだろうか。

また、中高年者の姿を見かけないということは、30年前、この街で会った人々はほとんど家に引っ込んで、今いるのはその子供たちということになる。

急に歳を取った気分になった。

タイムズスクエア

次の日、タイムズスクエアへ出かけた。カウントダウンで有名な広場である。

数千人の人々が集い、隣接するブロードウエイには警笛を鳴らしっぱなしの車の往来がかまびすしい。見ていると、イエローキャブが赤信号を無視して、強引に交差点へ入り込んでいる。しかもそれが常態化している。

思うように収入が得られぬ苛立たしさによるものか。運転しているのは外国人労働者が多い。一方で、彼らに職を奪われた白人の恨みも聞こえてきそうである。

ともかく喧噪という点において、この場はほかの行楽地と比較にならない。林立するビル群には20余りのミュージカル劇場が入り込み、けばけばしくも華美なることこの上ない。

広場にたむろする人たちの姿も興味深い。顔かたち、肌の色が異なる人々の「るつぼ」というべき多様さを見せながら、それぞれが小集団をつくって広場の中に共存し、思い思いに楽しんでいる。

その服装も一筋縄ではいかない。曇天で肌寒いと感じるのに、半袖で談笑している人がいる。そうかと思うと、厚着で身を縮めている人もいる。同じ広場に、夏服と冬服が同居している自由さが微笑ましい。

あらためてこの国が多民族国家であることを思い知らされる。

はなしが飛ぶが、我々の大腸のなかでは1000種類もの性格の異なる細菌たちが、うまく自分の住み処を確保しつつ、整然とした棲み分けができている(腸内フローラという)。

タイムズスクエアーの奇妙な均衡を見ていると、まるで腸内フローラと同じじゃないかと、妙に感心してしまった。

もうひとつ、我々とちょっと違うなと気付いたことがある。この地のひとは、性、歳を問わずやたらと相手のからだに触れようとする。ほんのスキンシップのつもりだろうが、若い者も年寄りも、まず握手から入り、ついで相手の肩を撫でたり、ポンと叩いて親愛の情を示している。

われわれはそうはいかない。顔だけでものを言い、容易に手を出すことはない。

確かにこの国は、名にし負う訴訟社会である。以心伝心などとは、いっておれない。云いたいことははっきり云い、好意は態度で示さなければ、とんでもない結果を招く恐れがあるのだ。

このスキンシップも自己防衛から発したものかもしれぬ。意外にこの国はギスギスした窮屈な社会ではないかと思えてきた。

そう思うと、忖度のまかり通る我がぬるま湯社会も、あながち捨てたものではないなと考えるに至った。

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