日本軍司令官 トルシエ氏

macblack / Pixabay

日本対ベルギー戦の瞬間視聴率は66%であったという。ロシア戦もおそらく同様であったに違いない。

とにかく、降って沸いたように俄かサッカーファンが現れ、テレビの前に集合したからこの高視聴率がうまれたわけで、連日ワールドカップのニュースを流しつづけたメディアの勝利であると、同慶に絶えない。

小泉政権誕生時にも、小泉・真紀子のツーショットが連日報道され、あの驚異的な支持率を記録した。小泉劇場の終焉が近づいたといわれる今、メディアの情報操作に踊らされていた自分に気付き、我に返るひとも少なくなかろう。

情報を軽く受け取るか、重く受け取るか、判断を誤るとメディアの思いのままという危険をはらんでいる。

最近の政界は、週刊誌の取り上げた話題をどう消化するかに明け暮れている感がつよい。

週刊誌は醜聞を取り上げるのが身上だから、この手の記事は後を絶たないが、人気がないものの醜聞は書かない。だれも読まないからである。

疑惑の真紀子氏は秘書給与流用ならみんなやってるじゃないか、何で私だけなの?と矛先を他の議員に向けようとするが、上記の理由でマスコミは乗らない。

時の人、トルシエという人物を見ていて、いろいろ感ずることがある。

古来、日本はフランスという国とはまことに関わりのない国であった。

幕末に至り、ナポレオン3世が将軍家に、あなたも私を見習って郡県制を導入しなさいと囁き、幕府にフランス式軍制を敷いたのが、唯一日本との関わりではなかったか。

だが皮肉にも、幕府は薩長軍に破れ、明治以後も日本は諸学の規範を、普仏戦争を制したドイツに求めたため、フランスの夢はついえたのであった。

しかるに、ここにきてトルシエ氏の登場である。

サッカーとはいえ、日本の司令官にフランス人がつくのは、史上初の椿事ではないか? それにしても、ロシアに勝ったとたん“トルシエ様”という輩が急増した。

勝てば官軍である。が、負ければ、“トルシエでていけ“というに違いない。

無論トルシエ氏はそこのところを熟知していて、さぞかしスリリングな日々を過ごしていることだろう。彼が日本チームに愛着は持っても、日本に愛着をもつかどうかは疑わしいという所以である。

一軍の将は能力とともに高い集中力を要求されるが、これを発揮できるのは人生の一時期でしかない。今彼はちょうどその時機を得て、指揮をとっているようにおもえるが、判断を誤ると、横浜の森監督や、阪神の野村前監督の二の舞となる。

西武時代の森氏やヤクルト時代の野村氏の足跡はすっかり忘れてしまうのが世間というものである。トルシエ氏もいつ退散するかを目算しているのかもしれない。

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