モンゴル人横綱となる

朝青龍が横綱となった。

国技なのにまたも外国人に王座を乗っ取られたという。

武蔵丸のときはハワイの先輩がいたから、仕方がないという空気があったが、今度はモンゴルだ。

不甲斐ないという声を聞きながら、なんとなくおかしさがこみあげてきた。

確かに日本人が外国人にコロコロ投げられるのだから面白い話ではない。

しかしどうみても彼の顔貌は典型的な日本人の特徴を備えているではないか。

2300年前、北方アジア系の難民がボートピ-プルとして稲を片手に大陸からやって来て、先住の縄文人と交じり合い、日本人の基となった。

朝青龍の祖先は、運良く難民グループにはいなかったということか。

それにしても、ニュースでモンゴルの人達を見るにつけ、自分達によく似ていると感じる気持ちは、こちらもあちらも同じだろう。

祖先は同じでも、少子化に歯止めが利かず国家をあげて大事に育てられたわが国の子供と、3~4歳から馬に乗って草原を走り回っている子供とでは、基礎体力が違う。

古来、格闘技の成功者に共通しているのは、不遇な環境で培われた不屈の闘志とたゆまぬ努力といわれる。

日本は格闘家が育つには裕福になり過ぎてしまったのかもしれない。

朝青龍の相撲を見ていて、かつて熱狂した初代若乃花の強靭な足腰を思い出した。

まるで足に根が生えたようだといわれたものであった。

私事になるが、私は若いころ足腰には自信があり、短距離と走り幅跳びの選手をしていた。

ところが、数年前からすこし走っても膝に疲れや痛みを覚えるようになった。

体重も3~4キロ増えると、てきめんに膝にこたえる。

しかるに150キロを越す大男が全力でぶつかり、押しや捻りを凌ぐのであるから、膝には大変な負担である。

貴乃花が早期引退を余儀なくされたのも、太りすぎによって膝への負担がかかりすぎたためといわれる。

予想もしなかった膝への不安に怯えつつも、歩行に難渋する老後は何としても避けねばならぬ。

明らかなことだが、肉体は使わなければ老化が進むし、使いすぎてもだめになる。

適度な運動量が必要というが、人によってその量は異なる。

膝に負担をかけないためには、踵からそっと着地する走法が推奨されるが、着地ポイントの僅かな違いで膝への負担は微妙に変わる。

そのへんの違いを体感しながら、スポーツジムへ通う昨今である。

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